2013年03月11日

いま生きているということ。

3・11
黙祷をささげつつ、あの日のことを思い出していました。

揺れのあと、エンジンをかけて車でみた映像。
あまりの現実感のなさに映画を観ているような気がして
でもすぐ近くで起きてることなんだと認識するのに時間がかかったこと。

夜、何一つ光がなく、信号すらつかない道は真っ暗で
手元を照らす小さな灯りにしがみつきたくなる気持ち。

言葉にすれば陳腐だけど、
停電の続く市内。暗闇はどこまでも広く、
いつもより明らかにきらめく星は宇宙の大きさを感じさせ、
地球の、日本の、青森の、八戸の、この場所はなんてちっぽけなんだと知らされて。
手元を照らすことは同時に他を闇にする、そんな気さえしたことを覚えてる。

たくさんの命を失いながらも耐えて頑張っている人たちを前に
原発を稼動させ、ずっと監視続けなければいけないゴミを増やし続ける未来に
どんな言い訳をするのだろう。
今、全てを止めても捨てられない過保護なゴミは増えるのに。

こうして書いているパソコンも繋がっているネットも電気がなければはじまらない。
でも不便な時代を過ごしてきた人間が生きているうちに、
道を変える決断は必要なのじゃないかしら?
手元の電気を減らしても、未来を明るくすべきではないのかな。

今、姪が音読している詩を聴きながら。



いま生きているということ  作詞:谷川俊太郎 


生きているということ

いま生きているということ

それはのどがかわくということ

木もれ陽がまぶしいということ

ふっと或るメロディを思い出すということ

くしゃみをすること

あなたと手をつなぐこと



生きているということ

いま生きているということ

それはミニスカート

それはプラネタリウム

それはヨハン・シュトラウス

それはピカソ

それはアルプス

すべての美しいものに出会うということ

そして

かくされた悪を注意深くこばむこと



生きているということ

今生きているということ

泣けるということ

笑えるということ

怒れるということ

自由ということ

生きているということ

いま生きているということ



いまどこかで兵士が傷つくということ

いまどこかで産声があがるということ

いまどこかで星は流れ

いまどこかで虹が立ち

いまどこかで火は燃えること

いまどこかで火は燃えること



生きているということ

いま誰かが旅立つということ

いま誰かが誰かをみつめ

いま誰かが決意すること

いま誰かが問いかけて

いま僕らは歌うこと いま僕らは歌うこと

いま僕らは 僕らは 僕らは歌うこと



生きているということ

いま地球は廻っているいうこと

いまナイフはきらめくということ

いま子ウサギは跳ね クジラはまどろみ

いま種は蒔かれ 石は彫られ

いまブランコが揺れていること  いまブランコが揺れていること

ブランコには娘が乗っている ブランコは僕が作ったブランコ

いまブランコが揺れていること



生きているということ

いま生きているということ

海はとどろくということ

鳥ははばたくということ



夜は夜はあけるということ

風がたつこと

いま…いまが過ぎてゆくこと

いま…いまが過ぎてゆくこと

生きているということ

泣けるということ 笑えるということ 

怒れるということ 自由ということ

静けさということ



生きているということ

いま生きているということ

人は愛するということ

あなたの手のぬくみ

いのちということ




posted by naka at 21:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | その他
ファイブ ブログランキング
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/344079558
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。